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生態系を利用した防災・減災と
生物多様性保全の両立
生態系機能を
引き継ぐ土地利用
2020/9/25 兵庫県大土居研セミナー
東京都立大学
都市環境科学研究科
大澤 剛士
アウトライン
前説(自己紹介)
研究紹介
研究紹介1:
元・湿地水田が洪水発生を抑制する
研究紹介2:
元・湿地水田は湿地性植物群集を
安定的に存続させる
今日言いたいこと
防災・減災の取り組みと
生物多様性保全は両立しうる!
前説
大澤 剛士 (Osawa Takeshi)
東京都立大学 都市環境科学研究科 准教授
専門は生物多様性情報学
巨大データを使った広域的な生態学研究が
主な研究テーマ
前説
生物多様性情報学?
前説
情報
科学
生物
多様性科学
情報学の技術を利用して
生物多様性に関連する
ありとあらゆる課題に取り込む
前説
日本の権威です(`・ω´・)+
前説
ダ鳥獣ギ画
これらを武器に、社会問題としての
生物多様性、問題解決に貢献したいと
考えて研究を進めています
生物多様性情報に基づいた
生態学、保全科学研究
アウトライン
前説(自己紹介)
研究紹介
研究紹介1:
元・湿地水田が洪水発生を抑制する
研究紹介2:
元・湿地水田は湿地性植物群集を
安定的に存続させる
:背景とモチベーション
研究のモチベーション
“生物多様性の保全、持続的利用”
という社会課題解決に貢献したいと考え、
農地という“半自然環境”を対象に、
人間活動と生物多様性の関係を
研究してきました
研究のモチベーション
生物多様性の損失をもたらす要因を
分析し、その対���、保全と利用の
両立を目指しました
研究のモチベーション
耕作放棄、圃場整備と
RL植物の分布との関係を全国的に評価
指標となる
絶滅危惧植物
の分布地図
耕作放棄地の分布地図
Osawa et al. (2013) PLOS One: e79978
Osawa et al. (2016) Land Use Policy 54: 78-84
圃場整備の分布地図
排他
重複
Osawa et al. (2016) Sci. Total. Env. 542: 478-483
耕作放棄をもたらす駆動要因を
全国スケールで評価
気候が最重要
農業人口が最重要
研究のモチベーション
研究のモチベーション
大澤・三橋 (2017) 応用生態工学19: 211-220
政策への反映を目指し、
食料生産と生物多様性
農地利用ゾーニングの可能性を提案
研究のモチベーション
データに基づいて科学的に示したのですが・・・
農業(産業)政策には
全く反映されませんでした
環境政策には少しは貢献できたかな?
研究のモチベーション
データで示しても、
なかなか社会(意思決定者)に
受け入れられない
研究のモチベーション
生物多様性の損失に対する
ネガティブな根拠を示すだけでなく、
保全を実施することによる
身近でポジティブな
根拠を示せないか?
研究のモチベーション
少子高齢化、人口減少社会における
自然災害の増大
災害リスクが高い場所を
全て固める余力はない
喫緊の課題:
研究のモチベーション
研究のモチベーション
もし、もし
自然環境を保全することで
自然災害が起こりにくくなるなら?
研究のモチベーション
もし、もし
自然環境を保全することで
堤防建設と同じ効果が得られるなら?
研究のモチベーション
Ecosystem Based Disaster Risk Reduction
(Eco-DRR)
(環境省)
「生態系を利用した防災、減災」
研究のモチベーション
http://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/
http://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/tamenteki/
“お話”としては昔からあった。
しかし、科学的根拠に乏しかった
研究のモチベーション
これだ!
ダ鳥獣ギ画
研究のモチベーション
自然環境が防災、減災の効果
を持つことを科学的に示す
研究紹介1
元・湿地水田が
洪水発生を抑制する
Osawa, Nishida, Oka(2020) High tolerance land use against flood disasters:
How paddy fields as previously natural wetland inhibit the occurrence of floods.
Ecological Indicators 106306
研究紹介1: Eco-DRR
● 自然生態系と攪乱耐性
(Bradshaw et al. 2007; Ferrario et al. 2014)
生態学的 resilience
自然生態系は攪乱耐性が高い
気候変動へも対応できる
(Martin and Watson 2016)
研究紹介1: Eco-DRR
Riggio et al. in press Global Change Biology
緑が「人為の影響小」
自然生態系は世界的に激減
代わりに増加する”半”自然
● 自然生態系と攪乱耐性
研究紹介1: Eco-DRR
● “水田”という半自然環境
・モンスーンアジアの主要な農業形態
・湿地の代替ハビタット
・食料生産以外にも様々な機能
(生態系サービス)
(Matsuno et al. 2006; Natsuhara 2013; Katayama et al. 2015)
研究紹介1: Eco-DRR
● “水田”という半自然環境
・日本の平地の多くを
占める典型的土地利用
・北海道から沖縄まで
全国各地に存在
(Natsuhara 2013; Washitani 2007)
研究紹介1: Eco-DRR
水田は人間による土地利用
様々な”過去”がある
湿地?乾燥地?森林?荒地?
研究紹介1: Eco-DRR
人の手を介さない生態系は
自然攪乱を経験している
→攪乱で崩壊はしない?
研究紹介1: Eco-DRR
● 仮説
もともと湿地だった水田は
その機能を引き継ぎ、
高い攪乱耐性を持つのではないか?
大洪水(生態系を破壊する規模の攪乱)
を起こりにくくする、そこまでにさせない
研究紹介1: Eco-DRR
● アプローチ
陸水由来の災害(河川氾濫)と水田、
地形の関係を広域的に検討
いらすとや
方法
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(災害データ)
・国交省の統計(水害統計)
・オープンデータ
・河川、海を区別しない水害被害
ネ申エクセル!
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(災害データ)
・海なし3県(埼玉、栃木、群馬)
・市町村ごとでの水害の生起
・2006-2017年の11年分を整理
(電子化されていた期間)
色が濃いほど多く洪水が発生
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(災害データ)
・2006-2009年における
地滑り、土石流の生起
(電子化されていた期間)
・5kmメッシュを
市町村単位に変換
赤は地滑りが発生
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(土地被覆データ)
・100m土地利用(2014)
・水田、森林、開放水面
・ダムの数
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(地形データ)
50mDEMから作成
・50m DEM
・累積流量(FAV)
⇒凹地は高くなる値
これを“湿地度”の指標に
研究紹介1: Eco-DRR
● 方法(土地被覆データ)
・市町村ごとのプロファイル
・11年間の水害回数
・地滑り、土石流の生起
・土地被覆
・各土地被覆の
水の溜まりやすさ
・ダムの数
研究紹介1: Eco-DRR
凹地水田は地表水を多く貯留できる
→洪水抑制
平地水田は貯留できる水が少ない
ダムは洪水発生を抑制する
→洪水抑制
● 予測
色が濃いほど多く洪水が発生
研究紹介1: Eco-DRR
目的変数: 2006-2017の間の洪水発生回数
(海無し件のみ:陸水被害のみを対象)
・市町村に溜まる理論的な水の量
・うち森林被覆が占める値
・うち水田被覆が占める値
・うち都市被覆が占める値
・うち開放水面が占める値
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
説明変数: 各プロファイル
注目
グレーインフラ
統制要因
統制要因
水害統計@国土数値情報
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
研究紹介1: Eco-DRR
目的変数: 市町村を単位とした地すべり、土石流の生起(2006-2009)
(海無し件のみ:陸水被害のみを対象)
・市町村に溜まる理論的な水の量
・うち森林被覆が占める値
・うち水田被覆が占める値
・うち都市被覆が占める値
・うち開放水面が占める値
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
説明変数:各プロファイル
~(統計モデル化)
グレーインフラ
統制要因
統制要因
土砂災害・雪崩メッシュデータ@国土数値情報
メッシュと市町村ポリゴンを重ねて作成
注目
結果
研究紹介1: Eco-DRR
洪水回数 ~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
ダム、堤防は効果なし
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
研究紹介1: Eco-DRR
地すべりの生起~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
ダム、堤防は効果なし
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
研究紹介1: Eco-DRR
土石流の生起~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
ダム、堤防は効果なし
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
研究紹介1: Eco-DRR
もと湿地水田は災害抑制に貢献
手付かずの自然生態系に近い状態
=過去から現在まで湿地が維持
の水田は、防災機能が高いことが示唆
もと湿地=氾濫原の上に成立した水田
⇒長期的に維持されている湿地
広く売り出し中!
研究のモチベーション
もし、もし
自然環境を保全することで
自然災害が起こりにくくなるなら?
「社会のためにー!」だけじゃなくて
「田んぼの生き物たのしー!」って
やりたいの
● “水田”という半自然環境
・モンスーンアジアの主要な農業形態
・湿地の代替ハビタット
・食料生産以外にも様々な機能
(Matsuno et al. 2006; Natsuhara 2013; Katayama et al. 2015)
水田の生物多様性
湿地の代替ハビタット機能!
生物多様性への貢献!
研究のモチベーション
いける!
ダ鳥獣ギ画
研究紹介2
元・湿地水田は湿地性植物群集を
安定的に存続させる
Osawa, Nishida, Oka(2020) Paddy fields located in water storage zones
could take over the wetland plant community.
Scientific Reports 14806.
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
凹地にある“もと湿地の水田”は
基盤サービス(生物多様性)が高い
それに関する重要な役割を持つ
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 土地利用と生物多様性
(Halme et al. 2013)
・土地利用の変化は種多様性だけでなく
群集の形成にも影響する
いらすとや
・群集の形成は、”入れ子形成”と
“入れ替わり” 2つのプロセスで説明
● 土地利用と群集形成
(Baselga 2010)
A, B, C, D, E, F, G, H
B, D, F, H
L, M, N, O
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 入れ子と入れ替わりの組み合わせ
A, B, C, D, E, F, G, H
B, D, F, H L, M, N, O
入れ子構造 入れ替わり構造
現在成立している群集は
理論的にこうなっている
時間軸
・長く維持されてきた土地利用は
入れ替わりが少ない
(Cousins & Eriksson 2002)
・改変された土地利用でも
過去の土地利用の影響が残る場合も
(Koyanagi et al. 2009)
● 群集形成と土地利用
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
もと湿地の水田は群集メンバーが
入れ子構造になっている?
● 仮説
もともと湿地だった水田は
長期的に湿地が維持されている
現存する水田の多くは
様々な改変、変化に晒されている
→これも群集形成に影響?
(Osawa et al. 2013; 2016)
● “水田”の現状
区画整理、圃場整備された農地 放棄された農地
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
研究紹介1: Eco-DRR
● 狙い
「群集形成」に注目して、
もと湿地の影響、土地改変の影響を
広域的に評価する
方法
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 方法(群集データ)
・農環研のSleeping Data
・利根川流域の水田モニタリング
・32カ所の水田で植生調査
・2002年、2007年、2012年の3回
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 方法(植物の生態特性)
・日本産水性植物リスト
・図鑑等記録をまとめたもの
http://wetlands.info/tools/plantsdb/wetlandplants-checklist/
これを利用し、湿地性植物を選定
(もともと生育していた可能性高)
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 方法(群集データ)
t + 1 年の共通種 / t 年の種
→この値が大きいと入れ子構造
この値が小さいと入れ替わり
A, B, C, D, E, F, G, HB, D, F, H入れ子構造 /
L, M, N, O入れ替わり構造 A, B, C, D, E, F, G, H/
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
● 方法(土地被覆データ)
区画整理率を
圃場整備の指標として利用
Osawa et al. (2016) Land Use Policy 54: 78-84
https://www.maff.go.jp/j/tokei/porigon/
● 方法(統計モデル)
・サイトごとの植物データ
・湿地性種の入れ子率
・水田における
水の溜まりやすさ
(もと湿地度)
・圃場整備率
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
結果
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
湿地性種入れ子率(2002-2007)~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ 圃場整備率
統計モデル:一般化線形モデル オフセット利用
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
圃場整備率が高いと入れ子率が下がる
元湿地水田は湿地性種の入れ子率が高い
※ 全種、湿地性種以外では元湿地の効果は検出されず
圃場整備は全てのパタンで負の影響
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
湿地性種入れ子率(2007-2012)~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ 圃場整備率
統計モデル:一般化線形モデル オフセット利用
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
圃場整備率が高いと入れ子率が下がる
2007年以降は元湿地水田の効果は見えない
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
もと湿地水田は湿性植物を保持する
手付かずの自然生態系に近い状態
=過去から現在まで湿地が維持
の水田は、質が高い湿地ハビタットを維持
氾濫原湿地の上に成立した水田
≒長期的に維持されている湿地
● 結果まとめ
研究紹介2: 元湿地水田の植物群集
保持の効果は徐々に低下
耕作放棄地が増加している時期に合致
放棄によって湿地ハビタットが崩壊?
2002-2007年で検出された入れ子構造は
2007-2012年では検出されず
● 結果まとめ
全体まとめ
・もと湿地水田は災害を抑制する
生態系サービスがある
・同じ条件の水田は湿地の
代替ハビタットとしての価値が高い
(基盤サービス)
・もと湿地水田は
食料生産以外の生態系サービスも保持
・これ保全するのは大変お得!
Take Home Message
防災・減災の取り組みと
生物多様性保全は両立しうる!

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20200925兵庫県大土居研セミナー