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生態系を利用した防災・減災と
生物多様性保全の両立
生態系機能を
引き継ぐ土地利用
2021/9/3 横浜国立大セミナー
東京都立大学
都市環境科学研究科
大澤 剛士
東京都立大学
Tokyo Metropolitan Univ.
今日言いたいこと
防災・減災の取り組��と
生物多様性保全の両立に向けた挑戦
Ecosystem Based Disaster Risk Reduction
(Eco-DRR)
(環境省)
「生態系を活かした防災、減災」
前説
もし、もし
自然環境を保全することで
自然災害に対する防御という
社会課題を解決できるのなら?
前説
もし、もし
自然環境を保全することで
堤防建設と同じ効果が得られるなら?
前説
Eco-DRRの
基本的な考え方
※一般論というわけではなく、
今日紹介する一連の研究における考えです
Eco-DRRの考え方
(Nakamura et al. 2020)
人工物は、想定規模までは完璧に防御
それを超えると無力になる
生態系は完璧な防御は望みにくいが
粘り強い防御を実現する
生態系による防御(Eco-DRR)と
人工物(防災ダム等)による防御
との違い
Eco-DRRの考え方
(Onuma and Tsuge 2018)
生態系は、その粘り強さから
想定を超えた被害を緩和する:GI2
生態系は、その粘り強さから
発生抑制を底上げする:GI1
生態系と人工物を組み合わせた
防災・減災の考え方
Eco-DRRの考え方
(大澤 2020)
生態系と人工物を組み合わせた
防災・減災の考え方
防災
減災
Eco-DRRの考え方
(Nakamura et al. 2020)
既存の人工防災インフラに加え、
生態系防災(GI1)と減災(GI2)を
組み合わせるのがベストか
Eco-DRRの考え方
グリーンインフラ(生態系)
グレーインフラ(人工物)
防災機能(GI1) 減災機能(GI2)
グリーンとグレーのハイブリッド
異なる機能を持つGIのハイブリッド
二項対立にならず、実効性が高い
未来の防災対策の概念はこんなか?
Eco-DRRの考え方
生態系が持つ
防災効果:GI1
減災効果:GI2
を評価してみよう!
研究紹介1
元・湿地水田が
洪水発生を抑制する
Osawa, Nishida, Oka(2020) High tolerance land use against
flood disasters: How paddy fields as previously natural wetland
inhibit the occurrence of floods.
Ecological Indicators 106306
防災
研究紹介1: GI1
● 自然生態系と攪乱耐性
(Bradshaw et al. 2007; Ferrario et al. 2014)
生態学的 resilience
自然生態系は攪乱耐性が高い
気候変動へも対応できる
(Martin and Watson 2016)
研究紹介1: GI1
(Riggio et al. 2020)
緑が「人為の影響小」
自然生態系は世界的に激減
代わりに増加する”半”自然
● 自然生態系と攪乱耐性
研究紹介1: GI1
● “水田”という半自然環境
・モンスーンアジアの主要な農業形態
・湿地の代替ハビタット
・食料生産以外にも様々な機能
(生態系サービス)
(Matsuno et al. 2006; Natsuhara 2013; Katayama et al. 2015)
研究紹介1: GI1
水田は人間による土地利用
様々な”過去”がある
湿地?乾燥地?森林?荒地?
研究紹介1: GI1
● 仮説
もともと湿地だった水田は
その機能を引き継ぎ、
高い攪乱耐性を持つのではないか?
大洪水(生態系を破壊する規模の攪乱)
を起こりにくくする、そこまでにさせない
方法
研究紹介1: GI1
● 方法(災害データ)
・国交省の統計(水害統計)
・オープンデータ
・河川、海を区別しない水害被害
ネ申エクセル!
研究紹介1: GI1
● 方法(災害データ)
・海なし3県(埼玉、栃木、群馬)
・市町村ごと年ごとの水害の生起(規模は不問)
・2006-2017年の11年分を整理
(電子化されていた期間)
色が濃いほど多く水害が発生
研究紹介1: GI1
● 方法(災害データ)
・2006-2009年における
地滑り、土石流の生起
(電子化されていた期間)
・5kmメッシュを
市町村単位に変換
赤は地滑りが発生
研究紹介1: GI1
● 方法(土地被覆データ)
・100m土地利用(2014)
・水田、森林、開放水面
・ダムの数
研究紹介1: GI1
● 方法(地形データ)
50mDEMから作成
・50m DEM
・累積流量(FAV)
⇒凹地は高くなる値
これを“湿地度”の指標に
研究紹介1: GI1
● 方法(統計モデル化)
(目的変数)
・11年間の水害回数
・地滑り、土石流の生起
(説明変数)
・土地被覆
・各土地被覆の
水の溜まりやすさ
・ダムの数
研究紹介1: GI1
凹地水田は地表水を多く貯留できる
→洪水抑制(GI1)
平地水田は貯留できる水が少ない
ダムは洪水発生を抑制する
→洪水抑制(人工防災インフラ)
● 予測
色が濃いほど多く洪水が発生
研究紹介1: GI1
目的変数: 2006-2017の間の洪水発生回数
(海無し件のみ:陸水由来の被害のみを対象)
・市町村に溜まる理論的な水の量
・うち森林被覆が占める値
・うち水田被覆が占める値
・うち都市被覆が占める値
・うち開放水面が占める値
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
説明変数: 各プロファイル
注目
グレーインフラ
統制要因
統制要因
水害統計から取得
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
研究紹介1: GI1
目的変数: 市町村を単位とした地すべり、土石流の生起(2006-2009)
(海無し件のみ:陸水被害のみを対象)
土砂災害・雪崩メッシュデータ@国土数値情報
メッシュと市町村ポリゴンを重ねて作成
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
・市町村に溜まる理論的な水の量
・うち森林被覆が占める値
・うち水田被覆が占める値
・うち都市被覆が占める値
・うち開放水面が占める値
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
説明変数: 各プロファイル
注目
グレーインフラ
統制要因
統制要因
結果
研究紹介1: GI1
洪水回数 ~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
ダム、堤防は効果なし
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
研究紹介1: GI1
地すべりの生起~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
ダム、堤防は効果なし
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
研究紹介1: GI1
土石流の生起~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ log(森林被覆の累積流量合計)
+ log(都市被覆の累積流量合計)
+ log(全累積流量合計)
+ 開放水面
+ ダム、堤防数
水が溜まる場所に水田があると発生抑制
統計モデル:階層ベイズモデル ランダム切片&傾き
ランダム効果に市町村
ダム、堤防は効果なし
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
研究紹介1: GI1
もと湿地水田は災害抑制に貢献
自然生態系に近い状態
=過去から現在まで湿地環境が維持
の水田は、防災機能が高いことが示唆
もと湿地=氾濫原の上に成立した水田
⇒長期的に維持されている湿地
研究紹介2
元・湿地水田が
発生した洪水の被害を緩和する
Osawa T, Nishida T, Oka T (2021)
Potential of mitigating floodwater damage to residential areas
using paddy fields in water storage zones.
International Journal of Disaster Risk Reduction 62: 102410.
減災
研究紹介2: GI2
● “被害緩和”を評価する難しさ
起きてしまった災害が
“緩和”された結果なのか、
��れなかった結果なのかは
厳密には評価できない
研究紹介2: GI2
土地被覆を変えた状態で
同じ洪水を発生させて比較?
● “被害緩和”を評価する難しさ
ダ鳥獣ギ画
研究紹介2: GI2
・国交省の統計(水害統計)
・オープンデータ
・河川、海を区別しない水害被害
● 水害統計データを精査
研究紹介2: GI2
被害規模
(総浸水面積)
建物用地(都市域)への浸水 農用地への浸水
● 水害統計データを精査
被害規模の一つの指標”浸水面積”
これに内訳があった
研究紹介2: GI2
● 水害統計データを精査
人的、経済的被害は
こっちがでかい!
人的、経済的被害は
まだマシ
被害規模
(総浸水面積)
建物用地(都市域)への浸水 農用地への浸水
研究紹介2: GI2
洪水が農地に優先的に流れ込むことで
人的、経済被害が緩和される
研究紹介2: GI2
● 仮説
もともと湿地だった水田は機能を
引き継ぎ、水を引き込んで
災害被害を緩和するのはないか?
洪水を受け止めて市街地への
浸水を緩和してくれるのでは?
方法
研究紹介2: GI2
● 方法(災害データ)
・国交省の統計(水害統計)
・オープンデータ
・河川、海を区別しない水害被害
ネ申エクセル!
研究紹介2: GI2
● 方法(災害データ)
発生した水害の市街地浸水率
色が濃いほど市街地への浸水比率が大きい
研究紹介2: GI2
● 方法(地形データ)
50mDEMから作成
・50m DEM
・累積流量(FAV)
⇒凹地は高くなる値
これを“湿地度”の指標に
研究紹介1: GI1
凹地水田は地表水を多く貯留できる
→洪水緩和(GI2)
平地水田は貯留できる水が少ない
ダムは水を溜める
→洪水緩和(人工防災インフラ)
● 予測
研究紹介2: GI2
目的変数: 2006-2017の間の市街地への浸水面積
(海無し件のみ:陸水被害のみを対象)
・市町村の総面積
・市街地比率
・水田比率
・市街地が溜められる水の比率
・水田が溜められる水の比率
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
注目
グレーインフラ
統制要因
統計モデル:一般化線形混合モデル
ランダム効果に市町村
水害統計から取得
結果
研究紹介2: GI2
市街地への浸水面積~
・市町村の総面積
・市街地比率
・水田比率
・市街地が溜められる水の比率
・水田が溜められる水の比率
・ダム、堤防の数(防災インフラ)
青は負の影響
黒は影響なし
統計モデル:一般化線形混合モデル
ランダム効果に市町村
ダム、堤防は効果なし
水が溜まる場所に水田があると
市街地への浸水を抑制
水田面積は重要ではない!
極めて質的な影響!
研究紹介2: GI2
もと湿地水田は被害緩和に貢献
自然生態系に近い状態
=過去から現在まで湿地環境が維持
の水田は、減災機能も高いことが示唆
もと湿地=氾濫原の上に成立した水田
⇒長期的に維持されている湿地
・モンスーンアジアの主要な農業形態
・湿地の代替ハビタット
・食料生産以外にも様々な機能
水田の生物多様性
“もと湿地の水田”
湿地ハビタットとしての質が
低いわけがない!
研究紹介3
元・湿地水田は湿地性植物群集を
安定的に存続させる
Osawa, Nishida, Oka(2020) Paddy fields located in water storage zones
could take over the wetland plant community.
Scientific Reports 14806.
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 土地利用と生物多様性
(Halme et al. 2013)
・土地利用の変化は種多様性だけでなく
群集の形成にも影響する
いらすとや
・群集の形成は、”入れ子形成”と
“入れ替わり” 2つのプロセスで説明
(Baselga 2010)
A, B, C, D, E, F, G, H
B, D, F, H
L, M, N, O
● 土地利用と生物多様性
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 入れ子と入れ替わりの組み合わせ
A, B, C, D, E, F, G, H
B, D, F, H L, M, N, O
入れ子構造 入れ替わり構造
現在成立している群集は
理論的にこうなっている
時間軸
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
・長く維持されてきた土地利用は
入れ替わりが少ない
(Cousins & Eriksson 2002)
・改変された土地利用でも
過去の土地利用の影響が残る場合も
(Koyanagi et al. 2009)
● 群集形成と土地利用
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
もと湿地の水田は湿地性植物の
群集メンバーが入れ子構造になっている?
● 仮説
もともと湿地だった水田は
長期的に湿地が維持されている
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
現存する水田の多くは
様々な改変、変化に晒されている
→これも群集形成に影響?
(Osawa et al. 2013; 2016)
● “水田”の現状
区画整理、圃場整備された農地 放棄された農地
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 狙い
「群集形成」に注目して、
もと湿地の影響、土地改変の影響を
広域的に評価する
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
方法
● 方法(群集データ)
・農環研のSleeping Data
・利根川流域の水田モニタリング
・32カ所の水田で植生調査
・2002年、2007年、2012年の3回
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 方法(植物の生態特性)
・日本産水性植物リスト
・図鑑等記録をまとめたもの
http://wetlands.info/tools/plantsdb/wetlandplants-checklist/
これを利用し、湿地性植物を選定
(もともと生育していた可能性高)
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 方法(群集データ)
t年とt+x年の共通種 / t+x年の種
→この値が大きいと入れ子構造
この値が小さいと入れ替わり
A, B, C, D, E, F, G, H
B, D, F, H
入れ子構造 /
L, M, N, O
入れ替わり構造 A, B, C, D, E, F, G, H
/
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 方法(土地被覆データ)
区画整理率を
圃場整備の指標として利用
Osawa et al. (2016) Land Use Policy 54: 78-84
https://www.maff.go.jp/j/tokei/porigon/
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
● 方法(統計モデル)
目的変数
・入れ子率
(全種、湿地性種、
それ以外)
(説明変数)
・水田の累積流量
(もと湿地度)
・圃場整備率
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
結果
湿地性種入れ子率(2002-2007)~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ 圃場整備率
統計モデル:一���化線形モデル オフセット利用
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
圃場整備率が高いと入れ子率が下がる
元湿地水田は湿地性種の入れ子率が高い
※ 全種、湿地性種以外では元湿地の効果は検出されず
圃場整備は全てのパタンで負の影響
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
湿地性種入れ子率(2007-2012)~
log(水田被覆の累積流量合計)
+ 圃場整備率
統計モデル:一般化線形モデル オフセット利用
青は負の影響
赤は正の影響
黒は影響なし
圃場整備率が高いと入れ子率が下がる
2007年以降は元湿地水田の効果は見えない
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
もと湿地水田は湿性植物を保持する
手付かずの自然生態系に近い状態
=過去から現在まで湿地が維持
の水田は、質が高い湿地ハビタットを維持
氾濫原湿地の上に成立した水田
≒長期的に維持されている湿地
● 結果まとめ
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
保持の効果は徐々に低下
耕作放棄地が増加している時期に合致
放棄によって湿地ハビタットが崩壊?
2002-2007年で検出された入れ子構造は
2007-2012年では検出されず
● 結果まとめ
研究紹介3: もと湿地水田の植物群集
全体まとめ
・もと湿地水田は災害を抑制、緩和する
生態系サービス(調整サービス)がある
・同じ条件の水田は湿地の
代替ハビタットとしての価値が高い
(基盤サービス)
防災・減災を主目的としつつ、
“結果的に”生物多様性が保全される
一つの形が実現できるかも?
Take Home Message
防災・減災の取り組みと
生物多様性保全は両立しうる!

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