米澤穂信さん「小市民」四部作完結を語る 青春ミステリーの金字塔

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聞き手野波健祐
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 米澤穂信さんの青春ミステリー「小市民」シリーズ四部作が「冬期限定ボンボンショコラ事件」(創元推理文庫)で完結しました。2004年の第1作「春期限定いちごタルト事件」から、ちょうど20年。完結を機にシリーズを振り返ってもらいました。

――シリーズ完結、おつかれさまでした。第3作「秋期限定栗きんとん事件」(09年)から15年、間にスピンオフ的な短編集「巴里マカロンの謎」(20年)があったとはいえ、ずいぶん待ちました。シリーズ全体の話をうかがいますが、そもそも「春期」はどんないきさつから生まれたのでしょうか。米澤さんはデビュー作「氷菓」(01年)に始まる「古典部」シリーズでも、高校生が主人公の青春ミステリーを書いてますよね

 少々入り組んだ事情がありまして。最初に角川書店のレーベルから「古典部」シリーズの「氷菓」と「愚者のエンドロール」(02年)を出していただきましたが、その時点でレーベルが休止になり、3作目が宙に浮いてしまって。これから作家の仕事をどうしていこうかと思っていたときに、東京創元社からお声がけをいただいたんです。「さよなら妖精」(04年)を出して、幸いにして重版がかかったときに担当編集者が、古典部の読者が支えてくれたとおっしゃって。その時点で「古典部」の3作目が出るあては全くなかった。そこで、「古典部」を好きになってくれた読者にお届けする青春ミステリーを書こうと思いました。

――書き分けを考えないといけませんね

 もちろん、同じようなものを書くつもりはありませんでした。せっかく東京創元社というミステリーの老舗で書かせてもらうわけですから、ミステリーの趣向を凝らしていこうと。「古典部」の主人公は推理をする探偵の役どころではあるけれども、名探偵としてはふるまわない。だったら「小市民」は主人公を名探偵にしようと思った。でも当時の自分には、名探偵をそのまま書いていいのかというひっかかりがありまして。いかに名探偵とはいえ、小さな学園世界で探偵然として振る舞うと、摩擦を引き起こすはずだと。その思いは「古典部」からありましたが、「小市民」ではより前面に出てくる形になった。ただ名探偵というのではなくて、かつて探偵として振る舞い、周囲との摩擦を引き起こすことで探偵をやめてしまった元探偵の物語としてシリーズを立ち上げました。

小市民を目指すつもりが…

――主人公は高校生の小鳩常悟朗と小佐内ゆき。中学時代に何かと推理をしたがるせいで苦い経験をした小鳩は、高校入学を機に同じような境遇にあった小佐内と、目立たずつつましい小市民を目指すための互恵関係を結びます。それなのに2人はしばしば謎めいた事件に出くわし、小鳩はついつい探偵のような推理をするはめになる……というのがシリーズの骨格です。確かに小鳩は「元名探偵」ですね

 小鳩は推理型の元名探偵として考えたのですが、パートナーをどういう人にしようかって考えたとき、ハードボイルド的な行動型の元名探偵というふうに考えていたんです。

――そうなんですか? 小佐内は大好きなスイーツについて語るときは冗舌ですが、基本的には寡黙です。彼女の心理が描かれないから、何を考えているかよくわからない。確かにハードボイルド的ではありますね。「春期」は高校1年の春から夏にかけての物語です。たいして出来がよくないのに美術部の卒業生が「世界で一番高尚な絵」と言って部室に残していった2枚の絵、テストの最中に教室の後ろのロッカーから突然落ちて割れた栄養ドリンクの瓶……事件とも呼べそうもない身近な出来事に隠された真相を小鳩が明らかにしていく五つの話をまとめた連作短編集です。タイトルから推察するに最初からシリーズ化を意識されていたのですか

 プロットのときは「小鳩くんと小佐内さん」で、書き進めていった時に付けたタイトルも「狐狼の心」と、全く違っていたんです。ハードボイルドっぽいタイトルで、ちょっと作品の雰囲気に合わない。呻吟(しんぎん)していたとき、作中にいちごタルトが出てくることもあって、アントニイ・バークリーの古典的名作「毒入りチョコレート事件」をもじった「限定版いちごタルト事件」としてはどうかと編集者さんに伝えたんです。まさかこれになるはずがない��ろうと思ったら、会議で通ってしまった。ただ、営業部の方から、「限定版」だと「普及版」があるのかと書店から問い合わせがあったらいけないという危惧が出たので、「春期限定」としました。ここで「春」とつけたことで「夏」も書きましょうかね、なんて話になって。幸いにも「春期」が好評でシリーズ化が決まったんです。

――スイーツの名前が入っているのは「毒入りチョコレート事件」のもじりからということですね。では「小市民」というキーワードはどこから出てきたんでしょう

インタビュー後半ではシリーズ名となった「小市民」の由来や、タイトルに出てくるスイーツにまつわる思い出、そして完結作に施したミステリーの仕掛けについて、米澤さんの執筆秘話が明かされます。

 このシリーズは元名探偵の話…

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