映画界の加害問題「議論を」 キネマ旬報にライター有志が意見広告

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平岡春人
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 100年以上の歴史がある映画雑誌「キネマ旬報」。今年5月号の169ページ全面に、ある広告が載った。

 「私たちは、映画ジャーナリズムの一員として、映画界における加害行為に反対します」

 社会への問題提起などを目的とする「意見広告」だ。広告主は、フリーランスで活動する4人の映画ライターだった。

 なぜ、意見広告という手段で訴えたのか。

 意見広告を出すきっかけを作ったのが、佐野亨さんと月永理絵さん。ともに出版社勤務を経てライターとなり、雑誌や新聞などで執筆活動をしている。月永さんがライターの金原由佳さんを、その金原さんが同じくライターの関口裕子さんを誘って、昨年11月から4人で、ここ数年ハラスメントや性加害をめぐる告発が相次ぐ映画界の問題点について、議論してきたという。

 そんな中、4人にとって大きな出来事があった。今年2月、映画監督の榊(さかき)英雄容疑者が、俳優を目指す女性への準強姦(ごうかん)容疑で逮捕されたこと。「このタイミングで動くべきでは」。4人のうち誰からとなく、声が上がった。

 当初はキネマ旬報に、映画界における性加害やハラスメントの問題を巡る特集記事を提案。しかし、すぐに世間に出せる意見広告、という案に落ち着いたという。

 意見広告は、「映画ジャーナリズムに携わる書き手全体に対して、問題意識を共有し、共に対話や議論の場をつくっていくことを呼びかけます」「映画雑誌やウェブマガジンなどのメディアがこうした問題についての記事を企画・掲載することを望みます」などと記す。映画に関係する媒体やライターなどの業界人に、声を上げ、議論することの重要性を呼びかける内容だ。

当事者、研究者は声を上げてきたが…

 「業界内部の問題について、映画ジャーナリズム界の動きはずっと鈍かった」。佐野さんは、そう振り返る。

 2020年、映画館も営む東京都の映画配給会社やその関連会社に勤めていた元従業員らが、代表からパワーハラスメントを受けたなどとして、賠償などを求めて東京地裁に提訴(同年に和解が成立)。同じ年に都内の別のミニシアター(現在は閉館)の元従業員らがSNSで、上層部によるパワハラがあったと訴えた。

 22年には榊容疑者に性行為を強要されたとする俳優らの証言が週刊文春に掲載されるなど、映画監督らによる性加害の告発が相次いだ。

 こうした当事者の声に呼応し、業界に改善を訴える動きも徐々に広がった。性加害の告発が続いた22年、京都大大学院教授で映画研究者の木下千花さんらの呼びかけで、映像メディアの研究者や俳優の有志が「映画監督・俳優の性加害についての報道をうけて」とする共同声明文を発表。告発のあった性暴力は「監督と女優という映画・メディア産業におけるジェンダー化された権力関係に立脚して行使された」と訴えた。

 同年には小説家や漫画家らの有志が「原作者として、映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めます」と題した声明文を発表。「映画制作の場が、これほど性加害を生みやすいことが周知された今、環境そのものを大きく変えてゆく必要があるのではないでしょうか」と指摘した。西加奈子さんや三浦しをんさんら18人が賛同者に名を連ねた。

 しかし、映画について雑誌や新聞などの媒体に日々文章を載せている映画評論家らの間でこのような取り組みはなかった。

 佐野さんらによると、映画雑誌は米国における#MeToo運動などの記事を掲載したものの、日本の業界内部の構造の問題点を検証する特集をしなかったという。佐野さんは「本来、ジャーナリズムの世界が率先して議論する場を作るべきだと、ずっと思っていた」と焦燥感を口にする。

「作品を純粋に語る」だけでいいのか

 これまで、映画評論家やライ…

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この記事を書いた人
平岡春人
文化部|映画担当
専門・関心分野
映画、音楽、人権