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空気をきれいにする壁画や液体街路樹、大気汚染の最新対策はこれだ 東欧では社会実装

World Now 更新日: 公開日:
セルビアで開発された液体街路樹「Liquid3」。微細藻類の力で空気をきれいにする=2024年4月29日、ベオグラード、荒ちひろ撮影
セルビアで開発された液体街路樹「Liquid3」。微細藻類の力で空気をきれいにする=2024年4月29日、ベオグラード、荒ちひろ撮影

ルーマニアの首都ブカレストから鉄道で東へ2時間あまり。黒海沿いの港町コンスタンツァのビーチを4月下旬、訪ねた。

黒海沿いの港町コンスタンツァのビーチを彩る「空気をきれいにする壁画」=2024年4月24日、ルーマニア東部、荒ちひろ撮影
黒海沿いの港町コンスタンツァのビーチを彩る「空気をきれいにする壁画」=2024年4月24日、ルーマニア東部、荒ちひろ撮影

目指したのは巨大な壁画。高台との高低差約10メートル、幅200メートルほどのコンクリートのキャンバスは、黄色やオレンジ、水色など柔らかな色合いで彩られ、中央には双眼鏡をのぞく人物の顔が高さいっぱいに描かれている。観光客なのだろうか、リゾート風の装いにも見える。視線の先、レンズに映る黒海には、プラスチックのゴミや瓶が浮かんでいて――。

ルーマニアの環境NGO「Act for Tomorrow」(AfT)が2021年9月に制作した、世界最大の「空気をきれいにする壁画」だ。

黒海沿いの港町コンスタンツァのビーチを彩る「空気をきれいにする壁画」=2024年4月24日、ルーマニア東部、荒ちひろ撮影
黒海沿いの港町コンスタンツァのビーチを彩る「空気をきれいにする壁画」=2024年4月24日、ルーマニア東部、荒ちひろ撮影

光触媒の技術で空気をきれいにするという特殊な塗料「エアライト」で描かれた。欧州連合(EU)の研究・イノベーションへの資金助成プログラムのもと開発されたイタリア企業の製品で、窒素酸化物(NOx)を化学反応で無害化したり、硫黄酸化物(SOx)を吸収したり、ベンゼンやトルエンなどの揮発性有機化合物を分解するなど、「大気汚染物質を最大90%除去する効果がある」とうたう。

コンスタンツァの約2000平方メートルの壁画では、年間112キログラムの窒素酸化物を無害化するなど、樹木88本分に相当する空気浄化の効果が期待できるとされる。

AfTが2019年、ルーマニア北部バカウで地元のアート系NGOと国内で初めて手がけ、2021年に「世界最大」を完成させた。

作者でコンスタンツァ出身のアーティスト、アレックス・バーチューさん(38)は「表面的には見えにくい環境問題についても、一歩踏み出して考えてほしい。そんなメッセージを込めた」。メディアやSNSでも大きく取り上げられたという。

集合住宅の側面に描かれた「空気をきれいにする壁画」=2024年4月25日、ルーマニア北部バカウ、荒ちひろ撮影
集合住宅の側面に描かれた「空気をきれいにする壁画」=2024年4月25日、ルーマニア北部バカウ、荒ちひろ撮影

同様の壁画はイタリアや英国、メキシコなどでも描かれているが、ルーマニアで数多く誕生している。AfTはこれまでにバカウで10作品、コンスタンツァと西部アルバ・ユリアで各1作品の計12作品を手がけ、他の団体による取り組みも出てきている。

コンスタンツァの壁画を描いたアレックス・バーチューさん=2024年4月27日、ブカレスト、荒ちひろ撮影
コンスタンツァの壁画を描いたアレックス・バーチューさん=2024年4月27日、ブカレスト、荒ちひろ撮影

AfTの広報担当アンドレア・ペトルツさん(34)は背景として、第2次世界大戦後の共産主義体制時代に造られた無機質なコンクリートの建物群の存在を指摘する。

「壁画プロジェクトは灰色の街に彩りを与え、コミュニティーをつくり、きれいな空気を生み出す。建て替えるお金や木を植えるスペースがなくても、壁を塗ることはできる。様々な社会的メッセージを発信することもできるし、大気汚染を考えるきっかけにもなる」

欧州内の「東西格差」

大気の状況は、先進国の中でも「格差」がある。シカゴ大エネルギー政策研究所は、2023年の報告書で、欧州内でも、ドイツやフランスなど西側16カ国(2021年、1立方メートルあたり9.5マイクログラム)より、ポーランドやルーマニアなど東側25カ国(同15.5マイクログラム)のほうがPM2.5の濃度が約1.6倍高く、汚染によって失っている寿命は西側の約2.3倍にあたる1年になると指摘した。法整備や執行の問題のほか、冬場の石炭暖房などが原因に挙げられる。

世界の大気汚染度ランキング

ルーマニアの西隣、欧州連合(EU)入りをめざすセルビアでは、「液体街路樹」が登場した。

首都ベオグラード中心部を訪ねると、大通りの歩道の端に、バス停のようなベンチのついた緑色の大きな水槽が現れた。木を植えるスペースがない都市部で街路樹の代替案として開発された「Liquid3(リキッド・ツリー)」だ。

液体街路樹「Liquid3」の開発チームの一人、ベオグラード大のイヴァン・スパソイェビツ教授=2024年4月29日、ベオグラード、荒ちひろ撮影
液体街路樹「Liquid3」の開発チームの一人、ベオグラード大のイヴァン・スパソイェビツ教授=2024年4月29日、ベオグラード、荒ちひろ撮影

水槽に炭素の固定化や酸素生成に優れた微細藻類を入れ、外気を送り込む。光合成で二酸化炭素から酸素を生みだし、同時に、鉛やカドミウムといった大気中の汚染物質を吸着する。

「2平方メートルの設置面積で、樹齢20年ほどの木と同じくらい光合成する上、PM2.5などの浄化にも効果的だ」。開発チームの一人で、微細藻類を研究するベオグラード大のイヴァン・スパソイェビツ教授(47)がツリーの前で説明した。

月1回、藻ごと水を取り換える。徐々に藻が成長し、水槽全体が明るい黄緑色から暗く濃い緑色に変化する。この日は「水を取り換えて10日目くらい」だという。

研究では、1カ月で大気中から0.4~0.9キログラムの炭素を固定化し、鉛158マイクログラムやアルミニウム2万5305マイクログラムなどを除去した。藻が集めた重金属類は土中の濃度と比べるとわずかなため、古い水は植物にまくなど再利用することができるのだという。

国連開発計画(UNDP)のプロジェクトとして、2021年9月に試作モデルを設置。ソーラーパネルも備え、携帯電話の充電場所として、街灯として、ベンチとして、そして大気をきれいにする装置として、動き続けている。息子と一緒に通りかかったドラギッツァ・バラチさん(44)は「空気をきれいにし、見た目も美しい。良いアイデアだと思う」と誇らしげだ。

今年1月、国内で新たに2台を設置した。EUへの輸出の準備も進め、世界銀行の支援でさらなる効果測定や会社設立も視野に入れる。スパソイェビツのもとには、日本からの問い合わせもあるという。

「大気汚染が重要な問題であるという気づきや、解決策があるという希望につながればと願っている」