■特集:大学の人気ゼミ・研究室
好きなものへの愛着は、いままでは「なんとなく」という感覚にすぎませんでした。この曖昧な感覚を多角的に分析し、魅力的なものづくりを研究しているのが、芝浦工業大学デザイン工学部の橋田規子教授のエモーショナルデザイン研究室です。「心を分析」して研究した作品が製品化されるチャンスもあり、学内でも高い人気を誇る研究室です。
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■研究室データ■
芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科
生産・プロダクトデザイン系
エモーショナルデザイン研究室
研究キーワード:感性工学、造形、プロダクトデザイン、ユニバーサルデザイン
ゼミ生:16人(男7人:女9人) (2024年5月時点)
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愛される「フードデリバリーロボ」
「ロボットを作るのは小さい頃からの夢でした。その夢がかなう大学を探すなかで、どうやらロボットが愛されるためには、デザインもかなり重要らしいということに気づきました」と、大学院修士課程1年の勝藤智哉さんは話します。橋田教授のエモーショナルデザイン研究室には、デザイン工学部4年次から所属し、「フードデリバリーロボットの外観デザイン」をテーマに研究に取り組んできました。
![](https://cdn.statically.io/img/think-campus-s3.s3.ap-northeast-1.amazonaws.com/wp-content/uploads/2024/06/27153837/0613_2.jpg)
勝藤さんはまず、約30種に及ぶ既製品のロボットを集めて比較しました。
「すでに世にある製品がどんな機能を持っているかを見れば、社会で求められている要素が推測できます。フードデリバリーロボットでいえば、段差に対応できる足まわりの構造や、親しみやすい見た目などです。これらの製品を参考に、新たなデザインのヒントにしました」
フードデリバリーロボットは、食品を運ぶという特性上、デザインにも清潔感が求められるはず。そう考えて、勝藤さんは外装デザインのメインカラーに白を選びました。また、「愛されキャラ」になるよう、正面のモニターにはかわいらしい大きな目を表示させました。
おおよそのデザインの方向性は決まりましたが、ここからが橋田研究室の真骨頂です。目指すのは「ものがあふれるこの時代に、人々に長く愛される製品を作ること」。同じ機能を持つ製品でも、売れるものと売れないものがあるのはなぜなのか。人の心を動かし、惹きつけるデザインとはいったい何か。「愛される」秘密を解き明かすために、人による評価と分析、調査を繰り返すのです。
「なんとなく好き」の感覚を分析
勝藤さんの研究では、デザインコンセプトを決定する前に、まず研究室のメンバーに意識調査を行いました。ディスカッション形式の丁寧なヒアリングによって、勝藤さんはデザインコンセプトに「頼りがい」という要素を盛り込むアイデアを得ました。さらに最終デザインを絞る際にも、10人ほどの学生・院生による評価を実施。6種類のサンプル画像を見せて、色や形の好みを細かく調査しました。「清潔感」「好きか嫌いか」など、キーワードを設定して5段階評価で回答を得たほか、印象を自由に語ってもらうインタビューも行いました。「なんとなく好き」といった感覚の理由を分析して、デザインに落とし込んだのです。
「協力してくれた仲間からは、僕が気に入っていたものとは違うデザインのほうがいいという意見が複数出ました。残念な気持ちを押し込めてデザインと向き合っていると、『確かに、これがいいかも』と思えてきたのです。一人だけで考えていると、やはり偏りが生じるんだなと感じました」
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勝藤さんはさらに、橋田教授から貴重なアドバイスをもらいました。
「研究のゴールはものの完成ではなく、それをまた人に評価してもらって分析し、論文にまとめることです。そのためには、実際にロボットたちが動いているところを見せることが不可欠だと思いました。でも僕のフードデリバリーロボットは大きいので、実物をいくつも作って走らせることは難しい。どうしたらいいか先生に相談すると、『CG動画を作ってみたら?』というアドバイスをもらったのです」
愛されるものを生み出したい
それまで勝藤さんは、授業で3Dモデリングなどには取り組んでいましたが、アニメーション動画を作ったことはありませんでした。論文の提出期限まで、残された時間はわずか1カ月。時間との闘いに「プレッシャーで半泣きになった」と言いますが、触れたことのない複数のソフトを駆使し、苦労の末に動画を完成させました。画面の中で、勝藤さんのロボットたちはオフィス街を元気に駆け巡ります。狭いエントランスやエレベーターにも対応したサイズ設定や、かがまずに荷物の出し入れができる開閉機構など、デザインの利点をわかりやすく表現することにも成功しました。
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「ソフトの使い方を覚えたことも収穫でした。でもそれ以上に自分の成長を感じたのは、新たなスキルの習得にも前向きになったことです。今後の目標は、人とものがもっと近づいていくような、人とものの間をつなぐデザインを考えることです。必ずしも役に立つロボットである必要はなく、役に立たなくても愛されるものを生み出していけたらと思います」
この研究室で求められるのは、単なるものづくりの能力ではありません。そのコンセプトや発想を明確にし、それを他者がどう感じるかを掘り下げて、より魅力的なデザインに生かすことです。その結果としてこの研究室で生まれるものは、作り手と使い手を双方向につなぐ媒体ともいえるでしょう。学生たちは、デザインを通じて「ものを使う人」とコミュニケーションし、その効果を測ることを学びます。勝藤さんはこう話します。
「モーターを制御したり正確な回路を作ったりすることは、作り手の重要な役割です。でもそれだけでは、使い手が手にした時の思いと齟齬が生じてしまうかもしれません。単なる産業機械にとどまらず、使う人の行動や感情まで考えたものづくりをしたいと考えています」
橋田規子教授からのメッセージ
「心の分析」をものづくりの武器に
学生の配属は、GPAをメインにした成績順で決まります。自主性が高く、雰囲気はとてもいいですね。先輩も後輩も問わず、いつもワイワイ協力して取り組んでいるようです。
デザインに取り組む前には、その製品の歴史や現状、周辺市場などを必ず調査してもらいます。道具の成り立ちや生まれた背景を知ってこそ、それを使う人の気持ちもわかるというもの。さらに制作過程では、アンケートや行動観察、インタビューなど、多様な方法で人の心を測ります。学生自身が立てたコンセプトが、他者にきちんと伝わっているかどうか。こうした検証は工学デザインならではの分析手法だと思います。
多様な産学連携の要望があるので、企業との協働が多いのもこの研究室の特徴です。配属の時点で一人ひとりと面談し、進路希望や志向に合わせてプロジェクトを振り分けています。卒業生の多くはデザイン系に進みますが、家具デザインからパッケージまで、その分野は実にさまざま。自動車デザインを志望する学生も多いですが、この分野は人気が高く、美大出身者と競うことになるので厳しいのが実情です。しかし、ここで学べる「工学の分析手法」を知っていることは、ものづくりの大きな武器になります。これはいまの企業が強く求めている力でもあるので、あとは努力とやる気次第だと思います。
大学を選ぶ時は、その大学で何が得られるかを一つの指標にするといいでしょう。もし工学系に興味があるなら、「リアルな実験やものづくりをしている先生がどれだけいるか」という観点で、情報を探すことをおすすめします。
橋田規子(はしだ・のりこ)教授/東京芸術大学美術学部デザイン科インダストリアルデザイン専攻卒。1988年、東陶機器(現TOTO)に入社。便器や浴室、キッチンなどのデザインを手がけ、グッドデザイン賞を受賞。2008年に退社し、芝浦工業大学システム工学部機械制御システム学科教授。09年から現職。専門はプロダクトデザイン。博士(工学)。
(文=鈴木絢子、写真=芝浦工業大学提供)
![1pxの透明画像](https://cdn.statically.io/img/thinkcampus.jp/wp-content/themes/think-cumpus/images/common/blank.gif)
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