CRISPRで風味改良された“ゲノム編集サラダ”、今秋一般向け展開も

カラシナは栄養価は高いが、辛味と苦味が強い葉物野菜だ。そこで、ゲノム編集技術「CRISPR」を使い、栄養価はそのままに風味を抑え、食べやすくしたカラシナが開発された。早ければ2024年秋頃から米国で一般消費者向けに流通する見通しだ。
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Photograph: Pairwise

スタートアップのPairwiseが、米国で初めてゲノム編集技術「CRISPR」でつくった食品の販売を始めたのは昨年のことである。風味を調整した新種のカラシナだった。しかし、ほとんどの消費者はこの野菜を試せていないかもしれない。同社は、レストランやカフェテリア、ホテル、介護ホーム、ケータリング業者といった、数都市の限られた飲食関連の企業にしか提供していないからである。ニューヨーク市内でこの野菜を取り扱っている食料品店はわずか1店舗だ。

そこでバイオテクノロジー大手のバイエルは、Pairwiseからこの野菜のライセンスを取得し、全米の食料品店に流通させる計画を立てている。「今年の秋にはご家庭のキッチンや食卓に届くことを想定しています」と、バイエルの野菜種子部門で保護作物の責任者を務めるアン・ウィリアムズは語る。バイエルは現在、この野菜の最適な栽培および包装の方法について農場やサラダ会社と話し合っているという。

辛味と苦味を食べやすく改良

Pairwiseはサラダをより美味しく栄養価の高いものにすることを目指している。そしてケールに似た高い栄養価を誇ることからカラシナに注目した。カラシナは辛味と苦味があるので生ではなく、食べやすくするために調理して使うことが多い。そこでPairwiseは繊維質や抗酸化物質などの栄養素を保ちながらも、風味を抑えたカラシナの作成を目指した。そして辛味を引き起こすいくつかの遺伝子の複製を除去するためにCRISPRを使用したのだ。「この味を本当に気に入る人は多いと思います」とウィリアムズは話す。

Pairwiseはこのカラシナをファーマーズマーケットに持ち込んで試食会を実施し、ゲノム編集でつくられていることを消費者に説明した。試食した人たちの多くは好印象をもってくれたと、Pairwiseの最高経営責任者(CEO)であるトム・アダムズは語る。同社は現在、種なしチェリーや種なしブラックベリーの開発に注目している。「食品のサプライチェーンにおけるわたしたちの役割は、新製品の発明であると考えています」とアダムズは言う。

ゲノム編集野菜を先駆けた日本

CRISPRでゲノム編集された食品のうち、消費者が初めて購入できるようになったものは、2021年に日本で発売されたトマトだ。東京を拠点とするスタートアップのサナテックライフサイエンス(24年1月にサナテックシードから社名変更)が、GABA(γ-アミノ酪酸)の含有量の高いトマトの販売を始めたのである。GABAは脳内で生成される化学物質で、いくつかの食品にもとから含まれている。GABAには血圧の上昇を抑制し、ストレスを緩和する効果があると同社は主張している。

このトマトの日本での販売を拡大すること、さらにはフィリピンでも流通に向けた規制関連の手続きが完了したことを、サナテックライフサイエンスの社長を務める竹下心平はオランダで5月28日に開催されたイベント話していた。また、ゲノム編集をしたトマトを米国でも展開する見通しだという。

GMOとゲノム編集作物の違い

今回のカラシナやGABAの含有量の高いトマトは、少なくとも従来の意味での遺伝子組み換え作物(GMO)とは違う。通常のGMOはまったく異なる種の遺伝物質を追加している。対照的に、ゲノム編集ではその作物がもとからもっている遺伝物質を修正する。

CRISPRは植物の品種改良を加速させるツールであり、自然界で起こりうる変化を科学者がはるかに速く進めることを可能にする技術だと、ウィリアムズは説明する。米国の農務省は遺伝子編集によってつくられた作物は、長い期間がかかる規制関連の審査を受ける必要がないとしている。その理由として、遺伝子編集によってつくられた作物はほかの作物のDNAを含まないこと、そして通常の品種改良、すなわち特定の特性をもつ植物を選んで交配させ、その特性を引き継ぐ子孫をつくる方法でもつくれる可能性が高いことを挙げている。

バイエルとPairwiseはこの違いにより、ゲノム編集をした食品が消費者にとって従来のGMOよりも受け入れやすくなることを期待している。GMOは米国をはじめとする各国で消費者の反発に直面してきた。遺伝子組み換え作物は安全であり、通常の品種改良でできたものと同じくらい健康によいことが、数十年にわたる研究により明らかになっている。しかし、GMOのつくられ方やそのリスクに関する誤情報によって誤った認識が広まったままなのだ。

消費者の好む特性をもつよう設計

また、顧客にはGMOのメリットがほとんど感じられないこともこの問題を助長している。GMOの最大の生産者であるモンサントのような企業は、主に生産者にとって重要な特性、例えば除草剤への耐性をもつ作物の開発に焦点を当ててきた。これにより農家は畑に多くの除草剤を散布しても雑草だけを枯らすことができる。市場に出ている最近のGMO、例えば紫色のトマトやピンク色のパイナップルは、より消費者の好む特性をもつように設計されたものだ。

GMOを市場に投入したときの間違いは避けたいと、バイエルの野菜製品デザイン部門の責任者であるトム・オズボーンは話す(バイエルは2018年にモンサントを買収している)。「わたしたちの戦略は過去の教訓に基づいています」とオズボーンは言う。「生産者に焦点を当てた製品を紹介しても、消費者には響きませんでした。メリットを感じてもらえなかったのです」

バイエルはCRISPRを使用して食品の味や栄養、持続可能性を改善することに関心があると、オズボーンは話す。「消費者向けの製品を先に展開し、この技術への理解を深めてもらうことが重要だと考えています」

味や価格が最終的には重要

とはいえ最終的には、野菜の生産に使われている技術よりも味と値段の手頃さのほうが消費者にとっては重要になる可能性が高いと、ノースカロライナ州立大学の環境健康およびリスク評価の助教授であるカラ・グリーガーは語る。

例えば、米国の食品会社フレッシュ・デルモンテがつくったGMOであるピンクパイナップルは20年の発売当初、50ドルで発売されていた。現在流通している甘味の強いバラ色のパイナップルは米国全土���9.99ドルで売られており、売上が爆発的に伸びている。

「バイエルは、健康によい食品を食べたいという消費者の望みに応えようとしています」とグリーガーは話す。「しかし、消費者は値段が手頃な製品がほしいのです」

バイエルの担当者は『WIRED』に対し、商品の小売価格は設定していないが、栽培者と協力して葉物のミックスサラダにカラシナを入れ、競争力のある価格で提供する計画だと説明している。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

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