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日朝モンゴル会談の「3つの謎」なぜ韓国紙がスクープ? なぜ北朝鮮の窓口が偵察局? なぜ北朝鮮は豹変?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
岸田文雄首相と金正恩総書記(総理官邸と「労働新聞」から筆者キャプチャー)

 韓国紙「中央日報」が昨日(13日)放った「日朝が先月、モンゴルで会談した」との特報には正直驚かされた。「まさか!」「あり得ない!」と思ったからだ。しかし、林芳正官房長官が「事柄の性質上回答控える」と慎重な言い回しをしていた。実際に会談があったのだろう。

 日本政府は通常、この種の韓国発情報についてはこれまでならば決まって「そうした事実はない」と否定していた。肯定も否定もしないことは暗に認めていることを意味する。

それにしても、なぜ、日本のメディアではなく、韓国のメディアがスクープできたのか?

 日朝は国交がないこともあって接触や交渉は中国やシンガポールなど双方の大使館が置かれている第3国で極秘裏に行われるのが常だ。今回も例に洩れず、会談場所はモンゴルのウランバートルであった。当然のことだが、会談には日朝の関係者以外は出席していない。それなのにどういう訳か、部外者の韓国に洩れてしまったのである。

 北朝鮮は徹底した秘密主義、情報閉鎖国である。北朝鮮側から情報が洩れる可能性は極めて低い。ということは日本側から情報が洩れたか、あるいは流した可能性が第一に考えられる。

 それでも情報が不用意に洩れたとしても、あるいは意図して流したとしても本来ならば流出先は日本のメディアであってしかるべきで、韓国のメディアがキャッチするのはどう考えても不自然である。

 そう言えば、昨年7月も韓国紙「東亜日報」(7月3日付)が「複数の消息筋」の話として「6月に中国やシンガポールなど第3国で2回以上実務接触を行った」と報道したことがあった。

 この時は、松野博一官房長官(当時)が「そのような事実はない」と否定していたが、後に「朝日新聞」(9月29日付)が複数の日朝関係筋の話として「日本政府関係者が今年3月と5月の2回、東南アジアで朝鮮労働党関係者と秘密接触していた」と報じたことで会談時期については若干の食い違いはあったにせよほぼ事実であったことが判明した。

 一度ならず、二度も韓国のメディが日本のメディアを出し抜き、特ダネを掲載できたのは日本側が直接関与していなければ、韓国の外交、情報筋が独自に掴んでリークした可能性が最も高い。

 昨年の「東亜日報」の記事について事実関係を質した野党の議員の質問に外交部の張虎鎮(チャン・ホジン)第1次官は「(日朝が)拉致問題などがあって接触する動機は常にあるので今後鋭利注視している」と発言していた。

 北朝鮮と熾烈な外交、情報戦を演じている韓国の外交部及び情報機関(「国情院」)は第3国では北朝鮮大使館員や北朝鮮からの入国者の動向には目を光らせている。いつ、どこで誰に会い、何をしたのか、徹底的に情報を収集する。仮に日朝会談に出席した北朝鮮の関係者らもマークされていたとすれば、「中央日報」が書いているとおり、ネタ元は韓国の「情報消息筋」ということになる。

 仮に「この説」が的外れならば日本が韓国の「情報消息筋」に事後通告した以外に考えられない。

 日韓関係は尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権になって好転したこともあって、韓国政府は今年4月に金映浩(キム・ヨンホ)統一相が拉致問題で脱北者の情報提供も含め日本に協力することを約束していた。そうした協力関係上、日本が事後報告した可能性も決してゼロではない。

それにしても、なぜ、北朝鮮側の出席者が外務省の人間ではなく、偵察総局の関係者なのか?

 北朝鮮の対日担当所管は外務省、あるいは党国際局であるが、水面下での交渉では2002年の小泉純一郎総理の訪朝と2014年の拉致被害者の安否再調査では国家安全保衛部の関係者が動いていた。

 そうしたことから日本の交渉パートナーが偵察総局に代わっていることに違和感を抱くが、外務省の場合、崔善姫(チェ・ソンヒ)外相が「日本との対話は我々の関心事ではない。我々は日本のいかなる接触の試みも許さない」と「断交」を宣言した手前、出るに出られなかったのかもしれない。

 偵察総局は人民武力部(現国防省)参加の偵察局を中心に日本人拉致を実行した部署である労働党作戦部と対外情報局(「35号室」)の3つの機関が統合された対南、対外工作機関で、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が後継者としてお披露目された2009年に創設されている。初代総局長は米朝首脳会談をアレンジした党政治局員候補の金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部顧問で、今の総局長は2020年5月に抜擢された李昌虎(リ・チャンホ)上将である。

 偵察総局が日本人拉致に関わった部署が統合された部署であることからして偵察総局の関係者が日本と交渉に当たったとしても決して不自然でないことがわかる。

 総局は5つの局から成っており、1局はスパイ育成、浸透部署(旧作戦局)、2局は暗殺、爆破、拉致担当(南派、テロ)(旧作戦局)、3局は工装備開発、対南テロ(35号室)、4局はなく、5局は候補支援局、そして6局がサイバー、テロ、ハッカー担当(121局)となっている。

 日本との交渉人が偵察総局の外貨獲得関係者ならば、おそらく5局の担当者の可能性が考えられる。

 それにしても、なぜ北朝鮮は日朝交渉の場に出てきたのか?

 北朝鮮は崔外相だけでなく、金総書記の代理人でもある妹の金与正(キム・ヨジョン)副部長までが日本が拉致やミサイル問題を持ち出しているとして今年3月に「我が政府は、日本の態度を今一度明白に把握した。従って、結論は日本側とのいかなる接触にも、交渉にも顔を背け、それを拒否する」と宣言していた。これにより、年内の日朝交渉は絶望視されていた。それが一転、掌を返して、出てきたのである。

 「中央日報」は北朝鮮が内外の難局を突破するため「経済的、外交的突破口を模索している」として、北朝鮮の「切羽詰まった事情」を主な理由に挙げている。

 外交では伝統的友好国のキューバが韓国と国交を樹立したことが北朝鮮にとっては痛手であるが、それ以外は例年と変わりはない。まして、ロシアのプーチン大統領の訪朝も控えており、外交面で突破口を開く必然性はない。

 むしろ、外貨獲得関係者が出てきたのは日本が北朝鮮を交渉の場に引っぱり出すためニンジン(経済支援)をちらつかせたか、ビジネスの商談を持ちかけたからではないだろうか。 

 どちらにせよ、偵察総局が金総書記の指示で日朝交渉を担っていれば、展望が開かれるが、大口をたたいた金与正副部長の面目は丸つぶれである。

 今回の報道への北朝鮮の反応が俄然注目される。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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